新・アスピ/アランの自主訓練日誌(Part-Ⅰ) 訓練と服従心

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2011.11/14(Mon)

訓練と服従心 

【訓練力と服従心】

 毎日同じような趣旨の原稿ですが、今少し辛抱を。


 昨日までのブログで、しつけに依る服従心の醸成されていない犬は訓練しても成果が出にくい趣旨を臭わせました。それでは、服従心が十分醸成されていない犬を、それでも訓練している理由について訊いてみました。

 服従心が十分育っていない犬はそれなりに、その範囲でさせなければいけない義務としての訓練があるのだそうです。「しつけ」は厳しくが鉄則ですが、これが入っていないと訓練はスムースには進まないし、効果が出るまでに時間がかかる。競技の訓練は楽しくなければならない。服従単独の練習はないと云えるがそこが難しいところでもある。訓練中に厳しくすると,犬は嫌がってやらなくなるケースが出てくるし、それこそ最悪の場合強制訓練ということになる。

 アランは普段は先生を怖がって敬遠しているが、ボールを使って遊んだり、訓練すると楽しそうに付いて行き、紐無しに場合であっても先生のコマンドに従っているが、別に尻尾がテールダウンしているわけでもない。これは決して義務的な感じはしない。
競技の訓練をやっている内に服従心も育って来ていると云えるようです。

 形だけの訓練は根本的に間違っている。その段階でよしんば優勝したとしてもマグレ以外の何物でもないと云える。たまたま好調の山に当たったときにはよい出来も期待出来るが、好調が安定することは少ない。この教室のように集団レッスンの中で、犬を群れとして訓練し、その過程で形も作っていく手法である。

 競技会にはこの教室のレッスンのつもりで参加し、偶々本来のグラウンドではなくて、違う場所の違うリンクで集団レッスンの一環としてやっているような位置づけである。そうすると、楽しく,普段と同じように競技出来る筈である。

 この教室では「練習会」をやっているが、その位置づけは次のようになるのだそうです。

「練習会」は競技会と集団レッスンとの中間に位置づけ出来るものです。そこではちょっとでも臭いを嗅いだり、好ましくないことをした時には注意したり、逆に出来が良い場合には途中でご褒美を途中で与えてもよい。その事に依って、又別の緊張感を与えたりすることが出来る。
 練習会はある程度形を作りながら、ちゃんとさせるように持って行くが、そこにはご褒美や注意もあり得るわけです。
 競技会でも同じような気持ちでやるが、ご褒美等が無くても良い状態が維持出来るように持って行く。
 良く「場馴らし」ということを聞くが、服従心が育っていて、ちゃんと出来るのだったら、そんなことは必要ないと云える。





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