新・アスピ/アランの自主訓練日誌(Part-Ⅰ) 南無大師遍照金剛?
2013.08/04(Sun)

南無大師遍照金剛? 

 一昨2日に神栖まで行ったのは新盆の施餓鬼のためでした。

 6号線を我孫子まで北上し、そこから右折して利根川沿いをひたすら下って行くのですが、その遠いことと云ったらありませんでした。
 直前までは、行ったついでに「銚子」も、「佐原」もどうかなと思っていたのですが、結局面倒になってどこにも寄らずに帰ってきました。

 真言宗のお寺で施餓鬼会に列席するのは初めてのことでした。過去1年間の物故者40~50位の合同施餓鬼でしたが、お坊さんが6人揃った会でした。
 
 真言宗ですので実家の宗派とは違い、勿論お坊さんの唱えるお経の意味が分かるはずはありません。その中で、聞き取れたのは度々唱えられる「南無大師遍照金剛」と「般若波羅蜜多」だけでした。

(お経を唱えている間、宗教心の無い凡人は、犬達は熱中症は大丈夫だろうか、とか飼い主が居ないことを不安不審がっていないだろうかと、極めて不遜な考えをしていました。この罰当たりめ!といったところです。)


 実家では昔のこと、朝夕に、祖父や祖母が仏壇にお経を唱えていましたのですが、「門前の小僧習わぬ経を詠む」ではありませんが、同じ宗派なら出だし部分は今でも諳んじています。

 空海や弘法大師の名前は昔日本史で出てきましたが、今日まで別人と思っていました。ところが空海は平安時代初期の僧で、弘法大師(こうぼうだいし)の諡号で知られる真言宗の開祖で、同一人物だというのです。
(諡号:高徳の人に没後に、追贈する称号を云います。
 仏僧の場合には、その没後、朝廷から贈られる賜り名をいい、大師・菩薩・国師・禅師・和尚・法師・上人・三 蔵などの各号がある。)


 以前、香川県の事業所に勤務したことがありましたので、雨の少ない同地域の灌漑事情には少し興味がありました。インターネットで検索してみますと次のように出ていました。

 四国香川県の満濃池は灌漑用の溜池として日本一を誇ります。

 大宝年間(701年~704年)に讃岐の国守の創築と伝えられています。しかし弘仁9年(818年)に決壊、朝廷の築池使が復旧に着手しましたが、技術的困難と人手不足によって改修がならず、国守清原夏野の発議により、弘仁12年(821年)空海が築池別当として派遣されました。
 空海が郷土入りをすると人々は続々と集まり人手不足は解消し、唐で学んだ土木学を生かして、わずか3ヵ月足らずで周囲2里25町(約8.25km)面積81町歩(約81ha)の大池を完成させたそうです。

 これが後に空海伝説を生み、

これが曲解されて、

『「空海が拓いた池」ないしは、
 「空海が渇水にあえぐ民のため、地に釈杖をついて湧き出させた水が池となった」などの伝説(弘法水伝承)を残しました。これは香川県下における空海伝説の代表的な存在の一つ。』









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