新・アスピ/アランの自主訓練日誌(Part-Ⅰ) コピペですが・ちょっとお堅い話を

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2015.04/22(Wed)

コピペですが・ちょっとお堅い話を 


 昨日はスクールガードの雑談で出た、岩手県久慈地方に「皂」(サイカチ)について書いたのですが、同時に出た憲法の「憲」の単独の意味について、音読み及び訓読みやその成り立ち等について話が出ました。そこで「憲」について検索結果を書いてみたいと思います。以下、検索結果です。


 憲の意味については、漢字を上下に分けて考えてみると、

上半分
 →「うかんむり」+「圭」で、「かごなどを上にかぶせる」とか「勝手な動きをおさえる」、「無秩序な状態を押さえる」という意味になります。
下半分
 →「目」+「心」で、「人の心を見る」という意味になります。

 両者を総合すると、「憲」は「目や心の無秩序な動きをおさえこむ」という意味になります。
ですから「憲法」は、「無秩序な法であれば押さえ込む」という意味で、法の番人的な役割を果たしているのです。


 憲法という字ですが、「憲」という字だけでも「国の組織や政治のしくみの根本の原則を定めた掟」という意味があるそうですが、国の「おきて」とか、「きまり」とはどういうものなのでしょうか。この「憲」という字を見るとわかりますが、この字の下のほうには、「目」と「心」があります。上のほうは、「うかんむり」に「圭」がついたものですが、うかんむりは、かぶせるものを表しています。

 「圭」という漢字は名前によく使われますが、もともとは古代中国の玉器の一つで、天子が諸侯や使者のしるしとして与えた物のようです。ということで、名前に使う場合は、特別な人に与えられた、認められた人という意味で使われるようです。しかし、古代中国では、それを与えることで、天子が諸侯を封じた際にしるしとして与えともいわれています。
 どうも、「国の掟」とは、何かを封じるために「上にかぶせる」とか「勝手な動きをおさえる」という意味のようです。では、なにを封じたかというと、「目」と「心」で、物事を見づらくしたり、感じにくくしたりすることで、勝手な言動や逸脱した考えを抑えながら作っていくもののようです。または、「目」と「心」で、「人の心を見る」という意味ととると、「国の掟」とは、人の心を見えにくくするものという意味になります。

 このように憲法には、「国民代表機関たる国会が作った法律をおさえこむルール」というもともとの考えかたから、「多数派が制定した法律による人権侵害から、少数派を守る」という一見矛盾する考え方を持たないといけないのです。わたしたちは、少数者の意見にも耳を傾け、尊重します。そして、国家レベルでの中央集権による支配的な関係よりも、お互いの協力的な関係、受け身ではなく自分から新しいものを創造していくことが求められます。上から与えられるものに頼るのではなく、自分からつくりあげていくことが大切なのです。そして、自分に何ができるかを考え、つながりのなかで行動し、共に学び合おうことが必要になります。

と全くコピペばかりですが、私たちが普段何気なく見逃していることでも、その意味を調べてみると、その事には深い意味があることが分かります。


 




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