新・アスピ/アランの自主訓練日誌(Part-Ⅰ) 秘鑰はなんて読むの・意味は?

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2015.07/01(Wed)

秘鑰はなんて読むの・意味は? 


 昨日で6月も終わり、今年の前半があっという間に過ぎてしまいました。梅雨も前半を終わり後半戦を迎えたようです。
例年梅雨の終わり頃には梅雨前線に湿舌が張り出して局地的な集中豪雨に見舞われるのでこれから注意が必要です。

 今日は、午前中リハビリに行ってきました。退院が3月31日ですから、リハビリ期間はもう3ヶ月になります。弱った背筋、腹筋や脚等の筋肉の鍛え方を教えていただいているのですが、弱るのは容易く強めるのは難しなようです。


 昨日のスクールガードの話題で、又一つ“秘鑰”ということが話題になりました。話題になったと云っても詳しく調べて欲しいと申し出があったのです。
 “鑰”の字は初めて見る文字です。“金”偏にと書きます。は音読みでは「ヤク」と読むようです。
“鑰”は音読みでは「ヤク」、訓読みでは「カギ」あの鍵と同じ読みです。従って“秘鑰”とは錠を開ける秘密の鍵の意味があるようです。


 この“秘鑰”については、明治時代の評論家・詩人であった北村透谷という人が『女学雑誌』に評論「厭世詩家と女性」を発表し、近代的な恋愛観(一種の恋愛至上主義)を表明した。「恋愛は人世の秘鑰(ヒヤク)なり」という冒頭の一文は島崎藤村や木下尚江に衝撃を与えたということです。明治時代に既にこういう思考を持っていたことに驚かされます。

 以下、webからのコピペです。

  恋愛は人世の秘鑰(ヒヤク)なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人生何の色味かあらむ、然るに尤(もっと)も多く人世を観じ、尤も多く人世の秘奥を究むるといふ詩人なる怪物の尤も多く恋愛に罪業を作るは、抑(そ)も如何(いか)なる理(ことわり)ぞ。古往今来詩家の恋愛に失する者、挙げて数ふ可からず、遂に女性をして嫁して詩家の妻となるを戒しむるに至らしめたり、詩家豈(あに)無情の動物ならむ、否、其濃情なる事、常人に幾倍する事著(いちじ)るし、然るに綢繆(ちうびう)終りを全うする者尠(すくな)きは何故ぞ。(以下省略)

 興味のある方はこちら→北村透谷


 いつものスナップです。



























 




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