新・アスピ/アランの自主訓練日誌(Part-Ⅰ) スクールガードの日

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2015.10/07(Wed)

スクールガードの日 


 昨日はスクールガードの日でした。
例によって、雑談ばかりでしたが、私がデイケアーセンターでサークル歩行器を使って歩くと腰が痛くならないこと、そうかと云って外出の際にサークル歩行器を使うのはちょっとと云うことを話しましたら、相手は次のような反応で、ちょっと考えさせられました。
「 もうそう云うことを云う歳では無いでしょう、見栄など気にしないで生きたらどうですか。見栄や沽券で生活がどうこう云うような歳ではないのではないでしょうか。」

 そう云われればそれが事実だとは思うのですが、今一つ割り切れない私が居ます。


 又、その際の話題の中で「三昧」の由来と意味について調べて欲しいと依頼されました。
確か以前に「三昧」について調べたような気はしたのですが、パソコンのmy Docu.の項には保存情報はありませんでした。しかし、検索をしましたら内容には記憶がありました。

 再び検索内容をコピペ致しました。

「三昧」について

 三昧(さんまい、Samādhi、サマーディの音写)とは、仏教における禅定*(ぜんじょう)、ヒンドゥー教における瞑想において、精神集中が深まりきった状態のこと。
 サマーディの他の漢字で音写*に、三摩提、三摩地などもある。一般に9段階の到達点があるとされている。

 この Samādhi という語は、インドの瞑想の伝統の中で培われたものであり、仏教だけでなく、共通の背景を持つヒンドゥー教やヨーガの用語としても用いられている。


 禅定(ぜんじょう)とは、

 禅定(ぜんじょう、梵: dhyāna , ディヤーナ、巴: jhāna, ジャーナ、禅那(ぜんな))とは、仏教で心身ともに動揺することがなくなった一定の状態を指す。色界四禅天に相応して四禅那をとる。広義には無色界の定(四無色定)を禅那に含めることもある。
禅定によって心を乱されない力を定力または禅定力と呼ぶ。これについて中国の禅宗第六祖とされる慧能は、その法話集である『六祖壇経』の中で、「外、相を離るるは即ち禅。 内、乱れざるは即ち定なり。 外禅にして内定なる、是れを禅定となす」と表明している。
 仏教では瞑想を、その内容から「禅(jhqna)」とも呼びます。「ジャーナ」という音を取って「禅」とか「禅那」とか訳したり、意味を取って「定」とか「静慮」などと訳しますが、心を一点に「定めること」、心を「静めること」です。「定まった状態・静まった状態」も意味します。音と意味を合わせて「禅定」と言うのが、一般に知られている仏教の瞑想の呼び方でしょう。



 一昨日18時30分に今年のノーベル医学・生理学賞3人が発表になり、その内の一人に大村智博士が選ばれました。同日20時前にWikipediaで「イベルメクチン」をキーワードに検索しましたら、大村智博士がヒットし、もうノーベル賞の受賞が記載されていました。
 イベルメクチンは犬を飼っている人には蚊の媒介によるフィラリアの予防薬として馴染みのことでしょう。私も犬のフィラリア症の予防(ミクロフィラリアの殺虫効果)成分としては知っていましたが、あらためて見ましたら、犬やネコだけでなく牛馬豚や人もフィラリアに罹ることを初めて知りました。又、その開発者が日本人であり、大村智博士(この名前を今回初めて知りました)であることは知りませんでした。



 


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