新・アスピ/アランの自主訓練日誌(Part-Ⅰ)
2017.03/13(Mon)

今日のアラン 


 13日は一日中曇りで肌寒い一日でした。都心の最高気温は12.8℃と前日より僅かに高かったのですが、陽射しが無いだけ寒く感じました。

 今日のアランは相変わらず運動量が少ない状態でした。
食事はドライフーズは全くと云っていい程食べず、専らチキンジャーキーとミニ角チーズだけ食べる有様です。

・ チキンジャーキーとミニ角チーズもともすれば臭いを嗅いだだけで食べないので、丸でご機嫌を見ながら食べて貰うような状態です。
・ 水は良く飲んでいるようで、多飲の原因を今度獣医さんに訊いてみるつもりです。
・ ただ、ウンチは適当な固さも保っているようです。

アランは満14歳に近く、もう老年期です。昨年以来の原因不明の下痢で、体力の衰え
が激しいのかも知れません。
 アランは昨年の10月に第2回目の幹細胞療法を受けてから5ヶ月経っていますが、最近数ヶ月はプレニドゾロンを呑ませていませんが、それでも下痢は治まっています。
 アランは約5年前位には体重3.5kg位だったのですが、その時期から頻尿気味になり「前立腺肥大」の診断を受け、肛門腺ポリープの除去手術のために全身麻酔したのを期に去勢手術をしました。その所為と最近の運動不足もあり、先日の検査時には体重5kg弱もありました。約5年で1.5kgも体重が増えているのです。幾ら何でも太りすぎです。
 これから暖かくなりますので、極力一緒に散歩をしたいと思っています。





















【編集】 |  19:27 |  その他  | CM(0) | Top↑
2017.03/12(Sun)

続・ツバキの記 


 12日も前日に続き、陽射しが強く、都心の最高気温は12.2℃で前日より1.0℃だけ低かったのですが、ガラス超しに射し込む光は力強さを感じました。

 今日も読書三昧の一日でした。

 庭の唐ツバキの開花した花は一段と豪華に開いてきました。
昔の武士の庭には、ツバキは花びらが散らずに一挙に落ちるので首が落ちる風情に似ていることが連想されることから忌み嫌われたようですが、今の時代はそんなことを気にする人はいないようです。











 一番下の開きかけの蕾みです。これが2~3日もすると上の写真のように見事に開花するのです。







 唐ツバキの隣に斑入りの花のツバキがあります。この花は一番最初に開花しはじめたのですが、ずっと以前からヒヨドリが来て花びらを食べていたのです。余程冬の時期に食べるものがないのかと思い、食べるままにしていました。ご覧のような無残な姿になっています。
 この花や唐ツバキには今日メジロが蜜を吸いに来ていました。









【編集】 |  07:45 |  未分類  | CM(0) | Top↑
2017.03/11(Sat)

読書三昧の日々 


 11日も陽射しが強く、都心の最高気温は13.2℃でした。ガラス超しに射し込む光は強くて暑い程の気温でした。

 今日は読書三昧の一日でした。今度の入院のとき、3月1日から2日の僅か1泊2日でしたが、大手術で無かったため、身体的にも精神的にも苦しいことは一切無く、談話室の書棚から本を借りて乱読していました。その際読み出した本(4巻組)の2巻目の途中で退院になりました。
 退院後、市立図書館でパスワードを貰って、パソコンの検索システムで、件の本を検索して見ますと、巻2を除いて在館しているので、巻3と4を借りて、巻2を予約してきました。
  巻2は中央図書館の分は貸し出し中だったのですが、分館にはあるということで、それを予約してきました。予約すると中央館に取り寄せてくれるということでした。
 当たり前のことで検索&予約システムは自宅のパソコンでも利用出来るので、今後大いに利用したいと思っています。一度に借りれるのは、本10冊+CD、DVD3巻ということですので、これだけあれば全く不便は感じません。



 庭の唐椿が一層開いてきました。

















【編集】 |  08:01 |  未分類  | CM(0) | Top↑
2017.03/10(Fri)

陽射し強し 


 10日は陽射しが殊の外強い日でした。都心の最高気温は14.8℃にまで達しました。
午後来客があったのですが、ガラス超しに射し込む光で暑い程の気温でした。
陽が強いだけでなく、日が長くなりました。

 庭の唐椿も次々の蕾が膨らみ、開花しだしました。この唐椿は2種類ありますが、当初は
鉢植えにしていました。鉢植えですと寒さに弱いし、根張りは十分出来ないために、根吹きが弱く、従って花数も多くはありませんでした。所が地植えにしてから数年経ちますと芽吹きに力強さが増し、花数も多くなりました。
 私が元気な時には蕾を間引いていたのですが、最近はそれもせず、自由に咲くに任せています。
 今月下旬には桜の開花が見られる候ですから、この椿の見られるのは当たり前かも知れません。以前はアケビやムベ等の蔓物もあったのですが、私が手入れをしないものですから抜いて仕舞いました。この椿の花が終わりますと、海棠だけしか花物はありません。


















【編集】 |  20:33 |  草花  | CM(0) | Top↑
2017.03/09(Thu)

赤ん坊来宅 


 昨8日は次女が赤ん坊とラヴィを連れて来宅しました。彼らには6日に会ったばかりでしたので、連続して会っているようなものです。

 赤ん坊は、生後8ヶ月、日増しに強く反応するようになっていますが、まだ食べたり飲んだりするのに自分の手を使えていません。今、離乳食とミルクの併用期間のようですが、例えば哺乳びんを口元に差し出しますと口を開けますが、手で哺乳びんを持とうとはしません。話す言葉(言葉にはなっていませんが)も力強く反応するようになりましたし、声を発するタイミングも的確なようです。

 ラヴィが我が家に来れば自分の家に来たのも同然の生活です。ラヴィは元々大人しい犬で、愛玩犬の典型みたいにフレンドリーなのですが、我が家のアランとは元々「波長が合いません。」アランは元々敏捷で、活動的な、どちらかと云えば気性の激しい部類に属する犬です。今は体調が今一なために大人しくしていますが、年齢が6歳も違いますと、さすがにラヴィには敵わないようです。
 ラヴィが物を食べるときの力強さはさすがに若さを感じますし、少しアランに分けて欲しい位でした。











【編集】 |  18:06 |  その他  | CM(0) | Top↑
2017.03/08(Wed)

昨日はスクールガードの日 


  昨日は一昨日から寒の戻りで冷え込んだ一日でした。この日はスクールガードで、いつものように老人4人組は校庭内の巡回もそこそこに世間話に終始しました。宿題として.次の言葉につき頼まれました。

1. 䑓さん
 この時期例年のように「ありがとうございました」と標記したスクールガードへの礼状が、子供さんから配布されました。その中で「䑓」という苗字が小さく書いてありました。読めないし、小さく書いてあるため、文字入力で検索することも出来ませんでした。
小学校に電話して読み方を教えていただき、やっと「䑓」という字だと分かり「ダイ」と読むことが分かりました。「䑓」は台の異字だそうです。

2. 間人漁港(たいざ・ぎょこう)
 京都付近の日本海側に間人・タイザという地名があるそうです。調べてみましたら次の通りでした。
以下netのコピペです。
 京都府京丹後市にある港である。この漁港で水揚げされるズワイガニは、間人ガニとして有名である。 間人港のカニ漁はわずか5隻の小型船で荒れ狂う冬の日本海へ出港します。 漁場は、丹後半島沖合約30キロ~40キロ。
 聖徳太子の生母・間人(はしうど)皇后が蘇我氏と物部氏との争乱を避けて 丹後[1]の当地に身を寄せ、のちに当地を去るに当たって自らの名をこの地に贈ったものの、住民は「はしうど」と呼び捨てにすることを畏れ多く思い、皇后が退座(たいざ)したのに因み間人を「たいざ」と読み替えた、との伝承が残る。但し間人皇后が丹後に避難したとする記述は記紀に無く、由来には他にも諸説がある。

3.贔屓の「贔」の読みと単独の意味は。

音読み 「ヒ」「ヒイ」
意味  いかる。鼻息あらくおこる。

 贔屓(ひき・ひいき)は気に入った者を引き立てること。自分の気に入った者に対して肩入れし、援助することである。贔屓をしてくれる人のことを贔屓筋(ひいきすじ)と呼んだ。語源は中国の伝説上の生物である贔屓だそうです。

 中国の伝説によると、贔屓は龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、その姿は亀に似ている。重きを負うことを好むといわれ、そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。日本の諺「贔屓の引き倒し」とは、「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、その者のためにはならない」という意味の諺だが、その由来は、柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからに他ならない。

 「贔屓」を古くは「贔屭」と書いた。「贔」は「貝」が三つで、これは財貨が多くあることを表したもの。「屭」はその「贔」を「尸」の下に置いたもので、財貨を多く抱えることを表したものである。「この財貨を多く抱える」が、「大きな荷物を背負う」を経て、「盛んに力を使う」「鼻息を荒くして働く」などの意味をもつようになった。


4.贔屓の「屓」の読みと単独の意味は。

音読み:キ
訓読み:ねいき、 いびき

 『贔』の字は財貨が多い様を表し、『屓』の字は『贔』に『尸』を付けたし、財宝を抱え込んでしまう意がある。負屓とは『重たい荷物を背負う』という意味になる。


5.捏造の「捏」の読みと単独の意味は。

音読み 呉音 : ネチ、ネツ
漢音 : デツ
訓読み こ-ねる、ね-る、つく-ねる

つくね
a. つくねること。「手―」
b. 魚のすり身やひき肉などに卵や調味料を加え、よくこねたもの。おでん種(だね)、吸物、串(くし)焼きなどに用いる。「とりの―」











【編集】 |  08:43 |  その他  | CM(0) | Top↑
2017.03/07(Tue)

イチゴの“あまおう” 


 一昨日、福岡の実家から“いちご・あまおう”から届いた。とても大きな粒でそのままだと口に一気には入らない?ような立派なものです。拙宅は家内と二人だけなので、娘の家族にもお裾分けすることにしました。

 長女はここのところ、体調が優れないようなので、様子を伺いがてら、いちごを届けることにしました。長女の体調は回復に向かっている様子でまずは安心しました。長女が体調を崩したのは孫がインフルエンザに罹ったのと期を一にしているようでした。色〃心労が重なったこともあったのでしょう。

 次に次女の家にも届けました。次女は毎週拙宅に来宅していますので、赤ん坊は十分顔なじみです。家内は赤ん坊にかかりっきりで十二分に楽しそうでした。

 アランも連れて行き次女の家には入れたのですが、最初は久しぶりの外出で、しかもラヴィが居るということですし、次女も顔馴染みであることもあり、我が家にいるとき以上にハッスルしていました。アランに比べてラヴィは相変わらず大人しくて、いるか居ないか分からない位でした。気が付くとラヴィはコタツの上掛けに乗って眠っていました。それに比べてアランは忙しなく動き回って、ラヴィのベッドをホリホリして動かし回ったり、ラヴィのおもちゃを咥えて動き回ったり、赤ん坊のベッドに入ってしまう始末で、慌てて阻止される始末でした。














【編集】 |  16:30 |  その他  | CM(0) | Top↑
2017.03/06(Mon)

鼻水とアレルギー・皮膚の老化現象 


 ここのところ続いている鼻水の(サラサラしている。又このとき激しくクシャミが出る)ため、今日耳鼻咽喉科のいつもと違う医師の診断を受けてきました。
 その際、先日受けた血液検査の結果を持って行ったのですが、血液検査は全面的には信用出来ないということ(東大から派遣?の医師)でした。理由は、血液に現れるまでには時間がかかるが、鼻では吸い込んで直ぐに現れる??ためということでした。
 そのため、前にも貰ったことがある点鼻薬を2週間試してみるように指示されました。当方としては今一納得がいかないところでしたが、兎に角2週間点鼻して様子を見ることにしました。

(新聞記事で見ましたが、“寒暖アレルギー”と云うものがあるそうです。あるとすれば私の症状はこれに該当しそうです。)

 その後病院の送迎バスで、あるクリニックの皮膚科に寄りました。坐っているとお尻の皮がひりひり痛むので、診察して貰いました。医者は一目見るなり、「皮膚の老化現象」だと云うのです。では、ひりひり痛むのはどうしてですかと訊きましたところ、皮膚の皺が部分的に傷ついているためということでした。
 「皮膚の老化」 → 皺の部分が摩擦等により一部が摩滅 → 皮膚がひりひり痛く感じる、ということのようです。これを予防するためには「皮膚の手入れ・保湿」が必須だということでした。


 今日は一番目の病院までは車で行き、耳鼻科の診察を受けた後、病院の送迎バスで柏駅まで出て、そこから歩いて200m弱の皮膚科まで行きました。帰りも逆コースでした。
 これ位の歩行ではそれ程前屈みになることも無く歩くことが出来ました。特に前半については全く腰の痛みは感じずに済みました。これは上臀皮神経障害の手術を受けたお陰ではないかと思っています。
 ちょっとみみっちい話になりますが、一番目の病院の駐車場を使いますと駐車料金は100円で済みます。柏まで車で行きますと駐車料金は数倍位になりますし、そこから更に歩かなければいけません。一番目の病院から柏駅まで所要時間は10分少々ですし、バスの本数も1時間に4本位出ているので別に不便も感じません。











【編集】 |  19:37 |  その他  | CM(0) | Top↑
2017.03/05(Sun)

くしゃみと鼻水・退院後4日目 


 朝の目覚めの状況は昨日と変わりまりません。

 手術当日と退院の日にはくしゃみと鼻水が激しくて苦しい思いをしました。特に手術のときは、背中を上にした腹ばいでしたが、鼻水がジョロジョロ出て大変でした。しょっちゅう鼻をかむのですが、そのとき手術は微細な作業をしているために、身体が振動して手術が出来ないらしく、執刀医からは「鼻をかむときはその旨云ってください」と云われた程です。枕もとには看護師がチッシュペーパーの箱とともに控えていました。

 退院日の2日もこの症状は続きました。

 実はこの症状は数ヶ月前から続いていました。睡眠時無呼吸症候群のためにC-papの記録を持って耳鼻咽喉科に通っていますが、先々月に症状を訴えましたよころ、抗生剤を3日分処方をされ、それで駄目な場合は別の医師(耳鼻咽喉科には2名の医師がいる)の診察を受けるよう指示されました。
 その後何らかのアレルギーを疑い、血液検査でアレルゲンの検査を受けましたが、杉花粉、檜花粉、家庭内アレルゲン等全てが(-)と云う結果でした。

 その後3~5日は激しい症状は出ていませんが、いつ何時又症状がぶり返すかも知れない状態です。



 アランの食欲ですが、WISHのターキーとサーモンを食べてくれなくて困っています。
一時はよく食べたのですが、どうして食べないのか分かりません。食べないと薬やサプリを呑ますことも出来ない?と思っています。
 時々チキンジャーキーは口をつけます。角チーズは時折口を付けてくれる時がありますが、どういうときに口を付けるのか分かりません。腎サポート缶詰、カッティングチーズ、や鶏レバーの水煮(缶詰)は用意しているのですが,口を付けてくれません。










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2017.03/04(Sat)

朝の目覚め良し等・退院後第3報 


 今日で退院後3日目に入った。

 昨日の朝もそうであったが、

・ 今朝も気が付いたら仰向けになって寝ていた。これは腰の痛みの軽減の所為と思われるこよ。
・ 永年悩まされていた、左足の「冷感」が手術後軽減されていることを感じています。
  執刀医の話では「上臀部神経」は足の先には関係ないように見えるが、他の事例でもこういうことが起こっているそうです。


 極く短距離の動き(例えば、室内では)では、手術前に比べて遙かに良くなったように感じました。しかし、距離が長くなると、

・ 昨日午前中に水辺公園先まで歩いてみました。出発後100m位までは快調だったのですが、それを越えた辺りから、腰が重苦しくなり段々痛みが出て来ました。終わり近くなりますと、背筋を伸ばすと腰に痛みが走り、自然に前屈みになる程でした。

・ 昼食が終わった後の食器洗いをしました。
  手術前には立っているだけで腰痛が激しくて、炊事の手伝いをする意欲は無くなってしまう程でした。これを炊事をやってみる気になっただけでも改善の証のように感じました。

・ 動いてみようという気が起こり出したのか、中央図書館に車で出かけてみました。
  退院する前に談話室で読んでいた、ある小説を見つけるためでした。
  駐車場から坂を上らなければいけないのですが、これを歩くのに難渋しました。
  目的の小説は見つかりませんでしたが、クラシックのCDを3集借りてきました。


 夕方シャワーを浴びたときに、手術跡を写真に撮りました。左腰に縦に6~7cm位切開されていて、それをスキンステープラー(ホチキス)で留めてありました。手術跡は完全に乾燥しているようでした。






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